門限の9時

だんだん未来広がってく

ジャニオタ、街コンに行ってみたけど

本音なのか、強がりなのか自分でもわかりませんが、ジャニオタということを抜きにして、25歳のしがないいちOLが今考えていることを思いのままに書こうと思います。タイトルは詐欺で、街コンレポではないです。ジャニオタ関係ないです。先に言っておきます。

 


私は、結婚も恋愛もしたいと思っていません。今は。
でも数年後の私は、もしかしたら明日の私はしたいと思うかもしれません。
その時行動するとなっても手遅れな気がします。
なので、動いてみました。


結婚や恋愛ができないと証明することができたら悩んだりしないと思います。悩むということは、僅かにしたいと思う気持ちの表れなのかもしれませんが、しなくていいならしたくないという気持ちもあります。

矛盾にもほどがありますが、結婚も恋愛もしなくていいと言ってくれる人と結婚したいし付き合いたいです。そんなの人生で重要じゃないよって言って、私の言い分、生き方を認めてくれるような人と結婚したいし付き合いたいです。

 

あれ、結婚したいと思ってるじゃん、付き合いたいって思ってるじゃん。

いいえ。結婚や恋愛という事象、行為、感情、状況に欲求があるのではなく、そう思える相手としたいと思うのです。


そう思える相手ってどうやったら出会えるの?


出会えないんですよ。
社会人になって「出会いがない」と簡単に口にするけれど、出会いはあります。出会いはいくらでも作れると思います。でもそこから親しくなって、お互いにとって必要だとか支えだとかそう思えるような、そういうことを語りあえるような深い関係になれる気がしないんです。時間も接点も足りない。もちろん理解したり歩み寄ったりする努力だって必要ですし。
それに1番は相手も同じように考えているということが必要だという最難関の壁はどうすることもできないですから。
打ちのめされてしまいます。


普通の大人は、人と出来るだけ円滑な人間関係を築きたいと思っているし、よっぽど嫌いな相手じゃなければ、興味関心がない程度の人くらいだったら、ある程度その場の会話を弾ませるよう努めます。けれど、特別深入りしようとは思わないし、まあとりあえず「また会いましょう」とか「楽しかったですね」くらいは思ってなくても言えたりします。
みんな良い人に思えるし、みんな良い人に思えないし、好きだし嫌いです。


街コンに行ってみて気づきました。
結婚しない、恋愛しないことを肯定できる理由を探していることに。
「全然良い人いなかったわあ」「あの人のこういうところがなあ、妥協するしかないのかな」
なんてそれっぽい言い訳を並べて、結婚できない、恋愛できないことを正当化できないかなあと思っている自分がいるんです。
街コンに行ってみたけど、良い人がいませんでした。そういうモチベーションが上がりませんでした。だから、結婚はいいです。恋愛はいいんです、私。
って言えば誰にも責められないような、惨めじゃない気がして。そういう理由探しに必死でした。


そもそもなぜこんなに結婚や恋愛というワードに抵抗感を覚えるのか。
結婚はしたことがないので、得体の知れないものへの抵抗感だと思います。身近な夫婦をみて、結婚っていいなと思うことももちろんありますが、面倒なところや厄介そうなところも見てきました。親しい人の結婚式に出て、幸せそうなその人の顔を見て素直によかったねとも思いましたが、自分がその場に立って同じように幸せに思える気がしませんでした。意外と形式的で、思い出作りには大掛かりすぎて多くの人を巻き込みすぎて、やらなくてよくない?とすら思ってしまいました。
結婚にたいしてはそんな感じだけれど、子どもがいたら大変だろうけど楽しいだろうなあとは思います。私自身、3人きょうだいがいて、両親、祖父母と大人数で暮らしていたので、わいわい賑やかな家族で楽しかったし幸せだったし、心強いと思うことのほうが多かったです。
でも、今の私が子どもがいたらいいなあと思うのも、自己満足にすぎません。子どもが親を選べないことをいいように、自分の味方がほしいというか、自分を必要としてくれる人がほしい、みたいな気持ちです。
私の母は、とにかく仕事を一生懸命やる人で、祖母に育てられたと言っても過言ではないくらい、母親との幼少期の思い出って、覚えてないだけで多少はあるんだろうけど、あまり強く記憶に残っていません。それでも、他の人に言えないことも母には言えるし、何をするどこに行くにしても、母とは楽に物事が進みます。
大人になって母も私のことをそう思ってくれていると感じることが多くなりました。頼りにしてくれているというか。母娘という関係は大前提に、1番の親友のような、姉妹のような、そんな気安さもあります。女同士だからかもしれませんが、自分にも子どもがいたらそういう存在になってくれるような気がして。だから、子どもはほしいと思ったりします。
でもその想定にどうしてか父親を組み込むことができません。もちろん父親と母親がいるからこそ、娘にとっての女親は唯一無二の存在だと言えるのでしょうけど、父親がどんな人でも自分が産んだ子にかわりはないので、愛し方が変わるとかないと思ったりします。子どものことを考えずに言うと、最悪父親はいなくてもいいです。シングルマザー大変かもしれないけど、自分の子だから。きっと一生で一度、私が幸せにしてあげたいと思う存在だろうから。


恋愛はというと、過去の経験上、面倒なイメージしかないです。いつもそうです。些細な連絡、記念日とか大事な日とか。予定を合わせること、それを続けること、全部面倒に思えてきてしまって。それだけで好きじゃないとか、愛されてないとか判断されて。そうだよ、面倒だよ。面倒なことに向き合うほど根気のある人間じゃないよ私。
自分1人で思い立って、ここに行くならこの人、これを食べに行くならこの人って、自分の都合に人を合わせてその場が楽しければそれでいいのに、その方が相手に無理させる率も下がるのに、その人と楽しく心地よく過ごすために伴う面倒が多すぎます。

 

他にも結婚や恋愛をしなくていいならしたくないと思ってしまうことはあります。でも共通して言えることは、誰かに今の自分の考えとか選択とか諦めとか怠惰が入ってるかもしれないけれど、認めてくれないかなと期待してしまっているということです。無意識に傷つかないように自分を守っているということです。

だから、結局、クズだなあと思うわけです。つくづく。だから、結婚しない、恋愛しない人は冷たい目で見られるんだろうなあと思うんです。
やっぱり1人で生きること、1人でなんでもできることは、少しも高尚じゃないし少しも立派じゃないんだなと思うんです。誰かと折り合いつけながら面倒なことにもしっかり向き合って乗り越えていける人の方がよっぽど素晴らしいんです。
結婚したり恋愛したりできる人は、他人と面倒なことにもちゃんと関わって取り組める人なんですね。逃げない人ってことなんですよね。
でも、家族とそういうふつに努力して関係を築いた記憶がないです。それが他人と血縁者の違いか(解決)。

 

じゃあ、最初の方に戻るけど、今25歳。
毎日誰かのことをじっくり理解するほどじっくり接する時間も機会もない。それを作れたとしても、その人との関係が必ずとか絶対なんてあり得ない。相手もそう思う確率なんて奇跡に近い。
奇跡起こせる気がしないなあ。難しい。

 

本音なのか強がりなのかわかりませんが、やっぱり結婚したいし、恋愛したいと思ってるのかなあ。まだ諦めたくないとは思ってそうですよね。
年齢制限とかあればいいのにね。自分で設けたり見切りつけるのもなんだか寂しいじゃん。
それか一昔前みたいに「結婚して子供を作って暮らすことが幸せです!!それこそが幸せです!」って信じて疑わない時代、世間だったら、ちゃんと焦ってちゃんと結婚しなきゃって義務感に駆られてたよ。就活みたいに。
幸せが多様化して自由な時代になって、私はわかりません。自分がどんな生き方したら幸せなのか。明日の私が未来の私がどんな毎日だったら幸せと思うか。それが分からないんだったら、一般的な幸せの型に収まっていた方が楽なんだろうなあとか思ったりもします。幸福追求権を放棄している気もしなくないですけどね。そこがおかしいのかな。一般的な幸せを望むことだって立派に幸せを追求してることだと言えるのに。
街コンだってたった1回だし、もう25歳かもしれないけど、まだ25歳とも捉えられるしね。私の選んだ幸せを認めてくれる人もきっといるし、軽蔑したり非難したりする人ももちろんいるでしょう。
それでもこんな私でも大切に思ってくれる家族や友達はちゃんといるし、結局今までどうにかなってきたからどうにかなるでしょう。私のことだから、いつかちゃんと考えて誰かと一緒に居ること、生きることを選ぶでしょう。何のために結婚するんだろうねとかいいながら、このドレスが似合うんじゃないとかあーだこうだ言う人を選ぶでしょう。そんな日常を幸せだと思える自分になってほしい。そして、いつか親になったとき、結婚なんてしなくてもいいと子どもに言いたい。我が子が選んだ幸せを認めて背中を押してあげられるくらい想像力のある人になりたい。

そのために、今それらしい理由をつけて逃げようとしていることに向き合うことが必要なんだなきっと。どんな些細なことも覚悟は必要なんですよね。その覚悟がないからきっと結婚も恋愛もしたくないんだろうなあ。早く大人になれ、私。

 

 

 


「しっくりくるくらい誰かと仲良くなって、一緒に何かができるようになれば、もっとずっといいってわかってるのに、それをやる根気がないんだ。しっくりさせるのに心を費やすくらいなら、一人で動いてしまう。面倒くさがりだから。」

 

「会いたい人とか一緒にいて楽しい人って何人かはいるけど、でも、いろんなことを平気にしてくれるのはイエスだけだって。イエスがいたから点滴なんて朝飯前になったし、あんなに恐ろしいと思っていた手術も余裕だった。なんでも大丈夫にしてくれるのはイエスだけだよ。そう思ったら十分一緒にいる意味がある。」

 

瀬尾まいこ僕らのごはんは明日で待ってる」)

 

 

この記事に落ち込んだり励まされたりします。

 

好きな顔9人集めてみた話'19

「#好きな顔9人集めてみた」というタグが何年か前に巷で流行って、当時それにきっちり乗っかり集めてみたんですけど、ここ最近「顔が好きだ!」という出会いや瞬間が多く、変動があったので一方的にお伝えします。

まず過去記事はこちらです。


そして今、私が独断と偏見で選ぶ好きな顔9人はこちらでございます!!(順不同)

 

f:id:jump924kun:20190303190131j:image

 

だいぶ好みの顔が洗練されてきた感じあるな。
目の保養すぎる〜〜
それでは1人ずつ、ご紹介させていただきます。

 


岡田将生さん(俳優)

 

f:id:jump924kun:20190303190231j:image
余計なものが何もない。無添加。オーガニック。延々と見てられます。美しい。奇跡はたまに起きるんだと思います。今も昔もこの方の顔、ぶっちぎりで好きです。
一時期、草食系男子といえば岡田将生!みたいなイメージありましたけど、気弱そう(よく言えば優しそう)に見えるだけで岡田くんの顔って決して中性的ではないんですよね。整っていてスッキリしていて、ナチュラルで男性らしさもあるし。かわいらしさもやさしさもあるし。これでスタイルもいいとか、草食系男子役似合うとか、もう、好き。
前回の記事でも書いてますけど、「オトメン」と「ハルフウェイ」を是非見てください。「ゆとりですがなにか」もとってもよかった…。最近放送してるアクサダイレクトのCM、何も考えずにテレビ観てる時に流れてきたときの胸の高鳴り!ときめき!!あのビジュアルすごくいい!!!!大好き!!!笑

 

f:id:jump924kun:20190303190348j:image

顔がいいのに加え雰囲気も素敵

 


f:id:jump924kun:20190303190345j:image

特別決め込んでないのにどうしてこんなにキュンとするのか…

 

 

 

間宮祥太朗さん(俳優)

 

f:id:jump924kun:20190303190436j:image
岡田将生くんは薄顔ですけど、まみたすは濃いめですね。目力強めのはっきりした顔立ち。悪い男役も似合うし、真面目な精悍さも出せる顔。ハッキリしているけど変なクセがないので、衣装とか髪型によってもだいぶ雰囲気を変えられる化け顔ですよね。JUMP(特に裕翔くん)との共演も多く親交がある若手俳優の1人ですが、真面目な役からチャラい役、男らしい役から寡黙な役までバッチリこなしてるイメージです。個人的には、声も好き。意外と優しい声が好き…
このブログを書くにあたって自分の過去ツイ見返したら、「まみたす美しい…」「まみたす綺麗…」と一言だけ呟いていて、何を観てそう呟いたのか全く分からず…。ただ言えるのは、潜在的に好きな顔ということ!!顎がしっかりしてて、白目が多くて、眉毛がしっかり真っ直ぐ生えてて、口が小さく唇も薄め。私が美しさを感じる顔、まさにそのものです。自分がカメラマンだったらずっと撮っていたい。いろんなことさせたい。
JUMPと同じ世代の俳優ということで、これからも裕翔くんとかと親交を持って頂けたら嬉しいし、時に競演して楽しませてほしいです。

 

f:id:jump924kun:20190303190503j:image

笑顔も素敵ですし、


f:id:jump924kun:20190303190507j:image

何やっても絵になるなあ

 

 


田中圭さん(俳優)

 

f:id:jump924kun:20190303190814j:image
田中圭が好きという主張は、世間よりも大昔から私はしてきたつもりなので、世間はようやく田中圭の魅力に気づいたかと(誰)。でも、最近の田中圭に来る役が、あまり私の好きなタイプの男性じゃない!!ヒロインのいつもすぐそばにいてすごく親しくしているのにヒロインに選ばれない、絶対田中圭の方が幸せになれると思うのに!!、っていう田中圭を見て育ってきたので、主役級の扱い怖い。かわいいとか、ヘタレ男子みたいな役…ううう〜〜、いいけど…いいけど!!私は田中圭に色気を感じる人なので(私がおかしいのか)。
すみません、顔全然関係ない!!!笑
この人の顔は目、一択!!!!!!!エロい!!!(エロいか?)
あとはどう考えても柔らかい雰囲気。親しみやすそうな雰囲気。ひっくるめてエロい!田中圭とはエロ(何言ってんの)。強制終了です。

 

f:id:jump924kun:20190303190722j:image

自然体こそ至高


f:id:jump924kun:20190303190725j:image

キメてるのも最高

 

 


八乙女光さん(アイドル・Hey!Say!JUMP)

 

f:id:jump924kun:20190303190903j:image
前回の記事を書いたときは、まだ八乙女担じゃなかったんですよ。今回は八乙女担として好きな顔9人に真っ先に選びました。幸せ〜
八乙女担になる前から、光くんの魅力は星の数より多いと分かっていたんですけど、そのたくさんの魅力の中で、一番多くの方々の目にとても簡単に、分かりやすく触れることが出来るのが、このお顔なんですよ!!!Hey!Say!JUMPで、美形、ビジュアルといえば山田涼介とか中島裕翔とかの名前が挙がると思うんですけど、ご存知の通り、Hey!Say!JUMPって揃いも揃ってみんな顔がいいじゃないですか。八乙女さんもHey!Say!JUMPの一員なのでもれなく顔がいい。
顔だけでも好きなのに、手足が長くてスラットしたスタイルも好きだし、些細なじゃんぺの内容からも伝わる柔らかさとか優しさに毎回惚れるし、歌声もダンスも、センスも好きだなんて、最高の自担です!!おバカでも愛せる!!(余計な一言)
って知ってしまったらみんな八乙女担になるしかないんですよね!みなさん八乙女担になろう!!笑

 

f:id:jump924kun:20190303190940j:image
f:id:jump924kun:20190303190944j:image

やっぱりアイドルだ〜

 

f:id:jump924kun:20190303191031j:image

これはもう女子。

  

 


竜星涼さん(俳優)

 

f:id:jump924kun:20190303191528j:image
そもそもこの9人が全員世界一好きな顔なんですけど、その中でも、まじで堂々たる顔ファンです!!顔以外知らない!出演作もたいして観たことないし、どういう人かもあまり興味ないし(おい)、潔いくらい顔がとにかく好きです!!!
まみたすのところでも書きましたが、
・顎がしっかりしている(顎の先が地面と平行になっている)
・白目が多い(三白眼)
・眉毛がしっかり真っ直ぐ生えている
・口が小さく唇も薄め
というのが、私の好きな顔要素みたいなんですけど、これらが全て私好みの配置とバランスで完成されてる理想のお顔なんですよ。
「ごめんね青春」の大木くん役で竜星涼くんの存在を知って「バカな役だけどめちゃくちゃカッコよくないこの人?」と気になったものの、特にそれ以上興味を持つこともなく、何年か後、志田未来ちゃん目当てで観た「泣き虫ピエロの結婚式」という映画で、竜星涼くんが演じていた役がまあ素敵なこと!!「竜星涼かっこよすぎる…」とインスタをフォローしたらモデルとしても活動している、しかも海外のショーにも出ている!スタイルまでいい!!!と無事顔ファンです。本当にかっこいい。好きな顔。それしか知らないけど、それだけで全てを超越します!!

 

f:id:jump924kun:20190303191553j:image

近くから撮ってもこの整い方。バランスがいい。


f:id:jump924kun:20190303191600j:image

93年生まれでこの大人っぽさ


f:id:jump924kun:20190303191557j:image

脚長い!!!!!素材が違う!!

 

 


⑥ファン・ミニョンさん(アイドル・NU'EST&Wanna One

 

f:id:jump924kun:20190303192003j:image


ひとまずご覧ください、この美しさ。

f:id:jump924kun:20190303192315j:image


今猛烈に推している韓国のアイドルなんですが、女性に好かれるために生まれてきたような美しさ。高貴な雰囲気、クールな目元、清潔感があって、大人っぽい雰囲気…好き。私はディズニープリンスの中で「眠れる森の美女」のフィリップ王子がとにかく好きなんですけど、いい歳した女が何を言っているのと引かれても大きな声で言いますけど、フィリップ王子が好きなんですね!ミニョンさんはまさにリアルフィリップ王子!!!!

 

f:id:jump924kun:20190303192351j:image

私は、フィリップ王子ってちょっと変人だと疑ってるんですよ。最初、オーロラこんなに引いてるのに平気でガツガツいく感じとか。

f:id:jump924kun:20190303192430j:image

 

ミニョンさんでもこういう絵なんか見たことあるよ…

f:id:jump924kun:20190303192456j:image


まあでもこの顔ですから!!歌声が優しくて甘くて、ダンスは表情死ぬくらい本気でしゃかりき踊るし、なんかちょっと抜けてて鈍感なところあるし、真面目で気持ち悪いくらい潔癖だし、優しいのに愛情表現下手すぎるし、最高ですよ。おっとー?顔じゃなくミニョンさんの話をしたいだけになっている(笑)。
ミニョンさんの顔があったら、自分だったらもっとチャラチャラしちゃいそうだなと思うんですけど、そうならないミニョンさんだから日本にいる私もミニョンさんの存在を知れるくらいのアイドルになれたんでしょうから、マジリスペクト(なんか最後適当)。

 

f:id:jump924kun:20190303192545j:image

この目がいいんだ…


f:id:jump924kun:20190303192548j:image

タートルネックが似合いすぎる

 

 

 


⑦ユン・ジョンハンさん(アイドル・SEVENTEEN

 

f:id:jump924kun:20190303192707j:image
はい、こちらも韓国のアイドル。SEVENTEENのメンバーユン・ジョンハン氏です。SEVENTEENにハマったことで、私はK-POP沼に足を突っ込んだのですが、SEVENTEENにハマった元凶がこの人のこの顔です。
ザ・アイドルって顔じゃないですか。フレッシュで爽やかでかわいらしくて。ただ今回画像選んでいて思ったのは、ジョンハンは、静止画より動画の方が良く、ソロより大人数の中で目を惹くタイプだということ。なのでSEVENTEENのMVとかぜひ見てみてください。ジョンハンの魅力はとても分かりやすいので。私は別のメンバーを推していますが、分かりやすくかわいらしく美形でとにかく顔がいいので、一見さんはとにかく集まります。で、魅力が分かりやすいのでハマる人はハマるし、この顔なので推す人は推します。私のように他の人に移る人もいますが、ジョンハンは圧倒的にSEVENTEENの入り口になりがちです。血液型がB型で、兄貴肌で強引な性格からジャイアンと呼ばれていたりもするのでなんとなく山田涼介を彷彿とさせます。中性的で小綺麗な見た目もそうですね。山田くんがとても愛されているようにジョンハンもとても愛せる人です。

 

f:id:jump924kun:20190303192809j:image

黒髪ジョンハンは本当にかっこいい。


f:id:jump924kun:20190303192759j:image

好感しかない顔


f:id:jump924kun:20190303192806j:image

手とか体つきは男らしいのですよねーわりと。

 

 

 


吉沢亮さん(俳優)

 

f:id:jump924kun:20190303193017j:image
少女漫画から飛び出してきた顔といえば吉沢さんです。絶対絵画でしょ。
初めて見たときは、整いすぎてて怖いなって思っちゃったんですけど、意外と年相応の人間味あふれた方だと知ったことや、最近露出が多くなって見る機会が増え、慣れたというのもあって、素直に美しいと認識できるようになりました。目が澄んでいてとにかく美しい(と言ってカメラロールにある画像を見る)。あ〜、本当に美しい、、、、、。整ってる。この顔嫌いな人いない。イケメンっていう言葉がもはや安い。吉沢くんも93年生まれのイケ世なので、この層本当に顔がよすぎて渋滞してますね。知念くん、裕翔くんと共演経験もありますし注目したい俳優さんです。少女漫画原作の作品だけでなく本格的でしっかりした重めな作品も最近は続いていて、日本アカデミー賞新人賞もしっかり抑えてましたので、どんどんこの世代が盛り上がると楽しくなりそうです。

 

f:id:jump924kun:20190303193054j:image

黒髪だと目の印象が際立つ。


f:id:jump924kun:20190303193059j:image

首痛めてる写真でごめん。

 

 


吉野北人さん(アーティスト・THE RAMPAGE from EXILE TRIBE

 

f:id:jump924kun:20190303193245j:image
K-POP沼にハマる前に、少しLDHにハマった時期がありました。もともとFlowerの子たちが好きで、E-girlsもよく観てはいたんですけど、男性陣には全く興味が。そんな時偶然、ジャニーズの誰かを目当てにMステを観てたら、RAMPAGEも出ていて、吉野くんを観て「竜星涼がいる!!!!!!」と飛び跳ねたのがこの顔。

f:id:jump924kun:20190303193209j:image


EXILE系と言ってイメージするようなゴツゴツした男達の中にいると、子犬のように見えるんですよ。可愛い顔した子が紛れていて庇護欲が…。そこからRAMPAGE沼に落ちました。北ちゃんは、まあかわいい。最初は、1人素人でオーディションを勝ち抜いてRAMPAGEになったので、初々しくてかわいい感じだったのですが、最近はオラオラした表情もお手の物ですし、奇抜な髪型髪色で遊んだりとかもしてくれます、すっかり芸能人です。でも歌は本当に上手で安心して聴けます。ジョンハン同様、違う人を推してますが(笑)。北ちゃんは、まだまだ若いので竜星涼くんのように男らしい色気のある大人になってくれたら嬉しいな…竜星涼くんも若いけど。

 

f:id:jump924kun:20190303193144j:image

やっぱり可愛らしい


f:id:jump924kun:20190303193335j:image

こんな顔すると竜星涼

 


以上、好きな顔9人集めてみた2019でした。
まとめると、竜星涼の顔と岡田将生の顔が二大理想で、その間に、竜星涼側から、間宮祥太朗吉野北人八乙女光吉沢亮、ユン・ジョンハン、田中圭、ファン・ミニョン、岡田将生といったグラデーション分布でしょうか。
惜しくも9人から漏れてしまった方々は、玉木宏さん(俳優)、阿部亮平さん(アイドル・SnowMan)、小林誠司さん(野球選手・巨人)、柴崎岳さん(サッカー選手・ヘタフェ)、戸次重幸さん(俳優)、ジョシュアさん(アイドル・SEVENTEEN)、ペ・ジニョンさん(アイドル・Wanna One)、RAVNさん(アイドル・ONEUS)でした。多いな(笑)

好きな顔だけでブログが書けるからイケメンは尊い。これからも私を癒してください。←

 

2019年1月27日

過ぎた日には戻れない。たとえ、その1日がどんな1日であっても。あの日、誰と会って何をしたか。どんなことを思ったか。良いことも悪いことも、決して忘れたいとは思っていないし、わざと忘れているわけではないのだけど、時が経ってしまうと思い出せなくなる日の方が圧倒的に多い。その日自分が1日何をしていたか鮮明に覚えている日なんてたかが知れている。でも、だからこそ、そんな日は私にとってきっと大事な日だし、特別な日だ。
Wanna Oneが解散した2019年1月27日という日を、私は忘れたくない。2019年1月27日までの、Wanna Oneというグループがいた私の毎日を忘れたくない。記憶を司るのは、きっと脳だけではないはずだ。心も体も、そして五感もある。明日の私よ、忘れないでくれ。1年後、10年後の私も忘れないでくれ。一生忘れたくないと思う1日があったことを。戻れるものなら戻って何度でも繰り返したいと切に願うくらい恋しい日々があったことを。


Wanna Oneが解散してすでに1週間が経った。想像していた通り、何事もなかったかのように私の毎日は過ぎて行ったし、きっとこれからもこんなふうに時間が自然と過ぎてしまうのだろうと思った。日曜日に解散して、月曜、火曜の2日間は、集中力が途切れると、その隙間にWanna Oneはもういないんだ…と寂しい気持ちが流れ込んできたりもしたが、水曜日にはもう、1日を終えた帰り道に「今日は1度もWanna Oneのことを考えなかったな」と思った。木曜日に日付が変わればNU'ESTの公式ツイッターにミニョンさんが現れたことで完全体NU'ESTに期待が募り、それぞれ動き出したWanna Oneメンバーのその後の活動もしっかりチェックしている。たった1週間でWanna Oneがいなくなった現実を受け入れ、そして慣れてしまった。
でも、2019年1月27日にダイヤルを合わせると、込み上げてくる思いがあって、切なくなるし恋しくなる。あの日に戻れたら違う未来を、とは思わないけど、あの日に戻ってせめて時間を止めたい。そこで世界を一時停止したい。

 

〜2019年1月27日

短い間だったけれど、私はWanna Oneが好きだった。
Wanna Oneは銀河みたいだった。
当然だが、銀河なんてこの目で一度も見たことがない。夜空を見上げて瞬いてる星なら見たことがあるが、銀河どころか、青い空をなんの疑いもなく見上げる毎日の中で宇宙が本当に暗闇なのかということすらこの目で見ようとしたことがなく、教科書や資料集に描かれた太陽系のイラストや、プラネタリウムで見た星空が私にとっての宇宙のイメージで、それは限りなく空想に近い。
そんな果てない宇宙の暗闇で、なにかしらの引力なのか重力なのかに引き寄せられて集まった星たちがひとつの天体になるという銀河の成り立ち方は、アイドルを夢見た少年たちがオーディション番組を勝ち抜いてひとつのグループになったというWanna Oneの成り立ちととても似ている。
果てのない宇宙を漂っていたら、小さな隕石に当たってWanna Oneという銀河に迷い込んだ。私がWanna Oneと出会ったときのことを思うとそんな例えがしっくりくる。目を開けたらそこは、数えきれないどころじゃない数の星たちが集まっていて、その中で、一等星と言えるくらいの11個の星たちが暗闇の中で光を放って輝いて見えた。遠くから見ると密集しているように見える11個とその他無数の星たちは、時に近づけないほど遠く離れているようにも感じて、私の周りを、周りと言ってもうんと遠くを、凄まじいスピードで通り過ぎていくようにも見えるし、ゆっくり目の前を横切っているようにも見えた。近づいているのか遠ざかっているのかすらもはや分からないほどだった。ただ、微妙な誤差で一度軌道を逸してしまったら、もう二度と巡り会えないと感じるくらい儚い気がして、居られる限りそこに居たいと思った。地球から見たらどんなふうに見えるのだろう。地球にまで届いていない光かもしれない。こんなに広い宇宙の中で、どうしてここに辿り着けたんだろう。天文学の書物に天体のひとつとして名前が付けられ載るのはどれくらい先のことなんだろう。誰が見つけるのだろう。そんな、とにかく今まで感じたことのない気持ちばかり感じて、それがとても儚くて、出会ったばかりなのに切なくて、なのにとっても美しく見えた。
Wanna Oneがいた時間は本当にあっという間だった。数ヶ月の出来事が、何光年、何億光年とかいうスピードで駆け抜けて行ったような感覚がある。夜空に見つける星の光が光年という長い時間の単位をかけて地球に届いた光だというように、私の生きる時間軸と、Wanna Oneの生きた時間軸が運良くちょうど重なっていただけの話で、宇宙規模で見たら、皆既月食皆既日食が日本で見られることより、本当に本当に小さく些細な重なりかもしれないが、私の毎日から見てみれば本当に大きな出来事だった。

Wanna Oneに終わりがあるというのは、誰もが知っていたことだ。グループが活動を始めた時から決まっていたことで、急に決まったことじゃない。不思議と、そこが覆ればいいという考えはしたことがない。きっと、期間限定という要素もWanna OneWanna Oneたらしめる要素のひとつだという認識が無意識にあったのだと思う。
ただ、Wanna Oneが終わる日その日が来ないでほしいとは強く願っていて、願ったところで1分1秒が長くなるわけないのだが、同じ曲を何度も何度も繰り返し聴いてみたり、過去の映像を見て過去に戻るような擬似体験をしてみたり、過ぎたことを過ぎたことと思わないように努めることで、少しでも最後の日が遠のいて感じるようにしていた気がする。
普通、好きなアイドルが、ツアーやリリースなど大きな活動を終えた後は、この活動を終えた後はどんな仕事が来るのか、どんな活動が待ってるのか、次への期待が尽きないものなのに、Wanna Oneは違っていて、新しい活動を待ち遠しく思えば、最後に近づいてしまうような怖さを感じることが多かった。だから、Wanna Oneに未来や明日に対する希望を抱いたことはなく、断然Wanna Oneが作ってきた作品や足跡を噛みしめる時間が私は多かったように思う。
この夢はいつか覚めてしまう、この幸せはずっとは続かない。Wanna Oneの笑顔やパフォーマンスへの満足感や幸福感を感じると付随して、こんな気持ちにもなって、想像もできない最後の日を想像してしまい、その日が過ぎれば全部手放さないといけないのなら、今ここで手放した方がいいかなと思うことなんて毎日だった。
ずっとは続かないと思って過ごす今も悲しければ、いつか来る最後の日も必ず悲しい。そんなの容易に想像がつく。想像しただけでも悲しいのに、本当にその日が来たらどうなってしまうんだろう、自分が想像すらできない感情に耐えられる自信がなかった。
でも、Wanna Oneが見せてくれる世界が、一瞬一瞬が本当にキラキラしていて夢みたいで、逃すことなくガラスの箱に入れて鍵をかけておきたいくらいで、いずれ手放すのなら今手放すのは勿体ない気もしてきて、結局手放すことなんてできなかった。
だから、Wanna Oneのことは本当に大好きだったけれど、好きだっただけで本当になにもできなかった。なにもできなかったどころか悲しくなるからと未来を願えなかったし、最後の日に悲しむ顔が見たくなくて、その日に繋がる明日も来なければいいと思ったくらい、自分勝手で、ファンなんて言えたもんじゃなかったと思う。結局最後まで好きだったのなら、私も覚悟を決めてWanna Oneに関与するべきだったと思う。怖いとか辛いとか、今思えば全然大したことなかったのに。
そうやって、いちファンが勝手に申し訳なさを感じるくらい、Wanna Oneが見せてくれた景色は本当に美しくて尊かった。控えめに言って永遠を願うほどに。
ずっと続いたら、どんなにいいか。唯一それがWanna Oneに対して望んだ未来だったかなと思う。

 

2019年1月27日
何年経っても、何十年経っても何度もこの日にダイヤルを合わせて、Wanna Oneがいた日々を思い出したい。
リメンバー・ミー」という映画を観た。その映画の中では、人が死ぬということには、肉体が死ぬという実存的な死だけでなく、生きている人間の記憶から消えてしまうという本質の死という2つが存在することが描かれていた。それは、記憶から消えない限り、誰かが覚えている限り、生き続けることができるということだ。
実存は本質に先立つと思う。でも、実存は本質に先立つからこそ、実存しなくなってしまうからと、本質まで後を追って消える必要はないはずなのだ。
だからこそ、忘れることは無責任なことだとも思った。過ぎた日には戻れないのと同じように、忘れてしまったものは思い出せない。出会ったからには、別れても忘れないように努めるのが生かされた人の使命だと思った。
Wanna Oneという実存がなくなってしまっても、Wanna Oneがどんなに素敵なグループだったかという本質、魅せられて好きだったという事実まで、消してしまう必要はない。

2019年1月27日は、忘れたくても忘れられない。そんな日になった。悲しいことは分かっていたけれど、解散コンサートは、想像を超える悲しみとそれ以上に残酷さと絶望感があった。
私はてっきり、Wanna Oneのメンバーは、解散を受け入れているものだと思っていた。最後のアルバムリリースもステージの演出が悲しみを誘うようにされていただけで、本人たちは淡々とスケジュールやステージをこなしているように見えたし、そもそもPRODUCE101(以下プデュ)に参加した時から、Wanna Oneが期間限定であるというのは周知の事実であったし、オーディション番組への参加、オーディションに合格してグループとして活動すること、Wanna Oneとして起きたすべての事象が自分自身のステップアップのための階段のひとつとして認識しているものだと思っていたし、そう思っていてほしいと思っていた。
ステージの上で輝く機会を求めていた少年たちがステージに立って注目を浴びてスターになって、そしてそれぞれが自分の夢を追うために、それぞれ次の扉を開けて進んでいく、そういう前向きな気持ちで明日を待ち遠しく感じるようなエンディング。それが良いWanna Oneの終わり方だと勝手に思っていた。ハッピーエンドしかないと思っていたのに、解散コンサートの終わり方は悲しみに焦点が合いすぎていて、途中耐えられないかもと思った。
最後のコンサートは、4日間に渡って開催され、初日から毎日メンバーが泣いたというレポが流れていた。最終日はどんな公演になるのか覚悟はしていた。
私は映画館でライブビューイングを観たが、ステージを見つめる全ての視線が、目の前の現実から逸れているような、ステージ越しに違う何かを見ているような、不思議な感じだった。Wanna Oneの最後の姿を目に焼き付けたいと思うと同時にまだ受け入れたくないような、出来ればこのまま時間が止まればいいようなそんなことを願う気待ちだったと思う。
それはWanna Oneが未来を語って次を向くステージを見せてくれることで、払拭できる感情だったと思うけれど、Wanna Oneがステージで見せたのは必死の抵抗感だった。
最後のステージで良い姿を見せようとダンスのひとつひとつの動きに力を込めるのだけれど、そのたびに自らが傷ついていくような、音楽が進めば進むほど弱っていくように見えた。期間限定と分かって始まったグループだからと、終わりが来ることを受け入れて最後の日を迎えたけれど、最後と実感するとやっぱり嫌だという思い、それが本心だとステージを通して訴えられているようで、でも私にもそれはどうすることもできなくて、ステージの上で人目をはばからず号泣し、Wanna Oneの解散を惜しむような発言を受けて、一体なにが最善でなにがWanna Oneにとっての幸せなのか全然分からなくなってしまった。
好きなアイドルの幸せをいつだって願いたいと思っていた。それがアイドルにとって、ステージの上に立ち続け、ファンの前から消えないことであってほしいと思っている。Wanna Oneのメンバーは、Wanna Oneが解散してもそれぞれの道を歩いてステージに立ち続けたいと願っているのは間違いないと思うし、歩く道がある限り、私たちの前から簡単に消えたりしないとも思う。ただ、今日まであって明日からなくなるものがWanna Oneというグループだ。それが彼らにとってどれだけ大事なものだったのか、最後の最後に私は思い知らされた。
思えば、ステージに立ってスポットライトを浴びることを夢見た少年たちだ。期間限定の活動も承知で手を伸ばすほど、切にデビューを夢見た少年たちだった。同じ夢を持っているという共通点だけで結成され、最初はメンバーそれぞれについていたファンが、Wanna Oneに魅せられグループのファンになり、韓国内に留まらず世界中にファンを作って熱狂を生んだ。グループとして多くのことを成し遂げ、苦楽を共にし、思い出を作ってきたわけだ。この先、こうして集まって何かするということもなくなる喪失感は計り知れないし、それほどまで密に過ごしてきたというのを今更理解した。たかが1年半の活動期間だったけれど、彼らにとっては人生を変えた1年半だし、今後何十年、時が経っても、その時間を突き抜けて光が届いて見えるくらい輝いた思い出になるのだと思うと、誰も望まない終止符の必要性を考えてしまった。

私の中で、それを唯一正当化する理由が「ファンミニョンが戻ったNU'ESTを早く見たい」という気持ちだ。Wanna Oneを知って、ファンミニョンというアイドルを好きになればなるほど、彼が戻ったNU'EST、NU'ESTに戻ったファンミニョンへの期待も高まっていた。Wanna Oneが期間限定ならば、遅かれ早かれNU'ESTとして再びステージに立つミニョンさんには会えるわけで、その日を待ち遠しく思う気持ちが、Wanna Oneの解散を正当化できる唯一の感情だと思っていた。
けれど、当の本人は、ステージの上で涙を流し狼狽えていた。時間の経過についていくことを放棄して、立ち止まりたいという抵抗感を彼なりに表していたように見えた。
それに最後の挨拶で彼の口からでたのは、謝罪の言葉だった。
好きなアイドルグループの解散コンサートで、推しの口から謝罪の言葉を聞いたときのファンの気持ちの模範解答を誰でもいいから教えて欲しかった。謝らないでという気持ちもあったし、その気持ちの真意も憶測だけど分かるような気もした。でも1番はそんな言葉聞きたくなかったという気持ちだった。
男の子は、いつもそうやって最後に謝るよね。その時その時で謝ってくれてたら許せて、こんなことにはならなかったのに、その時は強がって聞こえのいい言葉を放っておいて、手放すことになってから謝るよねって思うことある(誰)。ミニョンさんだけじゃない。他のメンバーも最後の最後に謝ってた。それってすごく未練が残る。ずるい。最後こそ、いい言葉を聞きたいのに、この別れが良い決断だと思わせてほしいのに、Wanna Oneはファン以上に、Wanna Oneを手放したくなかったみたいだ。ファンの未練を残さないように、ファンに希望を与えるためにいい言葉を言う余裕がないほど、必死に抵抗して全力で悲しむ姿が余計に痛々しく思えた。

最後は、1人ずつ挨拶をしてステージから姿を消すという演出だった。まじさー、こんな残酷な演出考えたの誰よ!神経疑うわ!!センスなさすぎる!!って正直に口語で言うとこんな感じの演出で。今は笑い飛ばせるけれど、1人ずつ背中向けてステージから去っていくなんて本当に残酷すぎて、途中から見ていられなくなったし、ただでさえ号泣していたのに、嗚咽まで出て私も映画館も相当カオスだった。
1人ステージから姿を消すたびに残されたメンバーが泣き崩れ、会場から悲鳴が起き、自分の番が来るとステージから離れる一歩を踏み出すのを躊躇ったり、狼狽えて言葉もまともに言えなくなったりする姿もただただ辛かった。好きなアイドルのこんな姿が見たくて解散コンサートを観たわけではないし、最後に見たWanna Oneの姿が悲しみで絶望している姿なんて信じたくなかった。
やりきれない、行き場のない、そんな後味で、無駄にWanna Oneが解散したという現実を突きつけられて帰路についた。こんな最後は予想していなかったけれど、映画館を出てツイッターを開いたら、まず嵐の活動休止のニュースで荒れるTLが飛び込んできて、さらに落ち込んだ。永遠はないって、これ以上ないほど思い知らされたばかりなのに、嵐まで…と、現実の残酷さを恨んだ。自担は体調不良でレギュラーのラジオ番組の生放送を欠席したらしいし。笑い事じゃないが、なんて日だ。
かたや体調不良でラジオに出れない自担、かたや活動休止発表について会見を受ける日本の国民的アイドル、かたや1年半の活動に終止符を打つのを受け入れられず抵抗する推し、かたや愛するWanna Oneを失って悲しみに暮れるファン、どうすることもできない絶望感でいっぱいの私…全て同じ地球の上で同じ時間に起きていることだなんて思えなかった。人の数だけ流れる時間があるのだから当然なのだが、世界中では本当にいろんなことが起きているんだと思う。同じ時に、地球のどこかでは人生で一番嬉しい瞬間を過ごしている人だっているかもしれないし、幸せで眠れない人もいるかもしれない。そんなふうに反する感情で上手く押し合ったり引き合ったりしてるから地球は自転するのかもしれない。
悲しい出来事は出来る限り早急に忘れたいと思って生きてきたけれど、この日の悲しさや絶望感の代わりに嬉しさや幸せがきっと世界のどこかに転がっていると思いたかった。希望もクソもない終わり方だったけれど、そんな終わり方だったからこそ、Wanna Oneはきっと必ずこの悲しみを乗り越えて一層の輝きに変えてくれると信じたいと思った。アイドルを夢見る練習生ではなく、私が出会ったときにはもう、誰がどう見ても立派なアイドルとしてステージに立っていたから。きっとまだ夢の途中なはず。Wanna Oneを思い出して恋しくなって切なくなるのは、私が引き受けるから、Wanna OneにとってWanna Oneはいつまでも眩しくて暖かい春風のような思い出になってくれたらいい。映画館から家に帰る電車に乗ったばかりなのに、もうWanna Oneが恋しかった。

 

きっと最後の日は悲しくて辛いだろうからと、好きにならなきゃよかったと思ったこともたくさんあった。手を引こうと何度も思った。最後の瞬間もこんなに辛いと思わなかった。でも、今となれば、いや、辛いと思いながらも、Wanna Oneを知らずに生きるよりずっとよかったと思う。映画のセリフじゃないけれど。
Wanna Oneというグループはもうなくなってしまったけれど、もし誰かの記憶の中で生き続けているなら伝えたいことがある。
まずは、1年半の活動本当にお疲れ様でしたという労い。最後、あんなふうに別れることになるとは予想もしてなかったけれど、その日を迎えるまでは本当に楽しくて幸せで美しい毎日だった。ただでさえ短い期間の活動だった上に、私がWanna Oneを知ってからの時間は少なかったけど、何年分、何十年分も好きになったような気がするし、一生に一度見れるか見れないかと言えるくらいの素敵な景色を、Wanna Oneはたくさんみせてくれた。
Wanna Oneというグループが世に放った曲、パフォーマンス…閃光のように一瞬だったけど、目が眩むほど眩しかった。時に目を瞑りたくなったこともあるけれど、今目を瞑ったらWanna Oneがいなくなったときに後悔すると思いながら見ていた。もう何を言っているかわからない。とりあえずWanna Oneが大好きだ。絶対に忘れるもんか。
Wanna Oneに出会えたくらい幸運な私だ。Wanna Oneがいなくたってそこそこ幸せには生きていける。Wanna Oneは、ファンの幸せを願ってくれたけど、自分が幸せにするとは一言も言わなかった。だから私も願うことにします。Wanna Oneがそれぞれ幸せでいられるように。
2019年1月27日。Wanna Oneが解散した。
これからWanna Oneというグループが次のページを開くことはないと思うと悲しく切ない。きっとずっと尽きない。いつか、それぞれの道で輝くメンバーを見たとき、あの頃すごかったなあ、大好きだったなと、Wanna Oneのことを笑って話せる日が来るのを願っている。

 

必死の「ごめんね」を 必死の「ありがとう」を
時が経っても決して忘れないように この涙を瞬間冷凍したい
世の中はどうやったって 過去を省みたって
やったことは取り消せないのさ
だから未来に向かって やれることを頑張って
あんなこともあったと笑い合おう
明日が待ってるぜ あなたのことを
(「押忍!こぶし魂」/こぶしファクトリー

 

 

 

 

 

 

続きを読む

好きになったアイドルグループには、残り時間があった

 

8月31日に最終回を迎えた「PRODUCE48」。日本人練習生からはHKT48宮脇咲良ちゃん、矢吹奈子ちゃん、AKB48本田仁美ちゃんの3名がデビューメンバーの12人に選ばれ、IZ*ONEとして、韓国で10月29日にデビューすることが決まった。さらに、IZ*ONEの活動期間中は、当グループの活動に専念することも発表され、3名の48グループメンバーとしての活動休止期間は、2021年4月までの2年半に及ぶということも発表になった。
48グループのファンという目線で「PRODUCE48」を観始めた人間としては、3人にとって2年半の活動休止は、正直長いように感じてしまう。
もともと「PRODUCE48」へ参加するにあたり、デビュー決定後の自グループとしての活動は休止するというのが条件としてあったようで、参加者自身はもちろん、視聴者の私もそれは重々承知の上で観ていたのだが、いざ、IZ*ONEが始動することになり、明確な活動期間が提示され、その活動期間がそのまま3人の48グループとしての活動休止期間となることが突きつけられると、IZ*ONEとしての活動は、2年半後の彼女たちのために本当になるのだろうかという考えも出てきてしまうようになった。HKT48の2人は、直近の選抜総選挙で選抜入りを果たすほど、日本での人気は確固たるものを築いているとはいえど、黄金期の同順位のメンバーの人気や知名度には及んでいないと思うし、グループ自体にも、あの頃ほどの勢いはないように思う。そんな状態での2年半というのは、アイドル人生の中でとてつもなく大きい時間だと思う。
以前、ここで「PRODUCE48」について書いたときはあんなに応援していたくせになんなんだというくらい無責任なことを書いている自覚はある。
もちろん、IZ*ONEの活動を通して経験することは、彼女たち自身にとっては、それはそれは素晴らしい経験になると思う。だからこそ、言葉も分からない環境でたくさん苦労もするだろうから、2年半後は必ず報われて欲しいと思う。幸せになって欲しいと思う。アイドルとしてさらに大きな存在になって欲しいと思う。そう思うと、自グループを離れることに対するリスクもあるよなと考えてしまう。そのリスクを背負ってまで挑戦するからには、挑戦した甲斐があったと思える2年半後が待っていて欲しいと心から思う。


「PRODUCE48」は、韓国のオーディション番組「PRODUCE101」が48グループとコラボした企画であり、「PRODUCE101」シリーズとして通算すると第3弾の企画となる。
第1弾では、2016年にI.O.Iがデビュー、第2弾では、2017年にWanna Oneがデビューしており、2018年のIZ*ONEのデビューで、3年続けて新たなアイドルグループを世に送り出すことになる。
2016年5月にデビューしたI.O.Iも、当初より定められた期間限定での活動であり、2017年1月に既に解散している。在籍していた11人のメンバーは、ソロデビューしたり、それぞれの所属事務所に戻ってグループ活動をしたり、全員がそれぞれK-POP界の第一線で活動している。そう思うと、当企画でデビューするというのは、今後アイドルとして活動する基盤作りにちょうど良く、デビュー後というよりも、デビューし解散した後のことを見据えて挑戦するには各事務所としてもそれぞれのアイドルにとってもありがたい企画なのだろうと思う。
隠れた才能を見つけ出してチャンスを作り、世に送り出し、K-POP界に新たな風を吹かせ、グループが解散した後もその才能が多方面に散り、さらにK-POP界を盛り上げることに繋がっていると考えると、この企画のK-POP界に対する功績は大きいと思う。
だがしかし、いちアイドルファンである私にとってK-POPの発展などぶっちゃけどうでもいい。私が「PRODUCE48」を観ていたのは、デビューという夢に向かって、練習生たちが進む道のりとかける思いに心を動かされたからだし、デビューを掴むまでの道のりを見てきたからこそ、そのデビューがどれだけ切実だったことなのか、そのグループとしての活動がどれだけ尊いことなのかを思い知ったからだ。だから、アイドル1人1人が悔いなく幸せと思える未来を願っていたし、その結果としてグループがひとつ誕生したからには、そのグループの歩みも他人事とは思えないのだ。日本から挑戦する3人にも、他の韓国人メンバー9人にも、間違いなく2年半後は訪れるわけで、そこに彼女たちが夢見る世界が待っていてくれたらいいなと切に願っている。

 

「PRODUCE48」のグループバトル評価で課題曲として使われていた、I.O.Iの「Very Very Very」という曲がとても気に入って、私はYoutubeでI.O.IのMVを観た。動画をたくさん観ている中、関連動画に「ラストコンサート」「解散後のメンバーの活動」という文字が並んでいることに気づいて初めて、既に解散しているということを知った。
「PRODUCE48」の放送が終わって、まもなくI.O.Iが誕生した「PRODUCE101」の再放送が始まり観始めたが、観たところでI.O.Iは既に解散しており、変に思い入れだけが募っても、思いをぶつけたいグループはもうこの世にいないのだと思うと、どうも観る気が起きなくなってしまった。
じゃあ、次はと、「PRODUCE101 Season2」でデビューしたWanna Oneを観始めた。こちらのグループも、「Energetic」という楽曲が「PRODUCE48」の課題曲として使用されたこともあり、入るのは簡単だった。
PRODUCE出身だと知らなかった頃の私のWanna Oneというグループに対するイメージは、「去年デビューしたばかりなのに、なぜか爆発的人気を博するモンスターグループ」。これは、韓国で毎月発表されるブランド評価というライキングで、SEVENTEENは何位かなと、上から1つずつハングルで書かれたグループ名を読んでいき、毎月毎月、1位と2位を防弾少年団Wanna Oneが固めていることに気づいて得たものだ。
Wanna OneがPRODUCE出身のグループだと知って、この人気の高さにも納得が行った。MVを観ているうちに、私が今ハマっている韓国のSEVENTEENというグループとはまた違う良さがあって、すっかり好きになってしまい、貪り食うように動画を見漁った。
このグループもきっと期間限定なのだろうけど、去年デビューしたばかり。IZ*ONEの活動期間が2年半なのだからそれくらいは活動するものだと、すっかりメンバーも全員覚えた。この3連休は全く予定がないということも拍車をかけ、Youtubeで観れるだけの映像を観倒していた。
彼らのことを知っていくうちに、Wanna Oneの活動期間はいつまでなんだろうという疑問は早いうちに解消しておかねばと思い、調べてみた。


Wanna Oneの活動期限は、2018年12月だった。
いつの時代からか、世界では太陽暦が採用され、いつの時代からか、世界でイギリスのグリニッジ天文台を基準に時間が定められてしまったおかげで、現在2018年10月だ。
好きになったグループには、残り時間があった。しかも、その残り時間が多く残っていない。11月にリリースされるアルバムがラストアルバムだと発表されている。
I.O.Iは、私が知ったときには、既に存在すらなくなってしまっていた。IZ*ONEは、これから2年半という長い活動期間が待っている。Wanna Oneは、韓国内で防弾少年団に次ぐ人気を得ているのにも関わらず、あと3ヶ月もなくこの世から存在がなくなろうとしている。その事実に頭が真っ白になった。
「興味を持ったグループは既に解散していた」、「これから応援しようと思うグループが期間限定グループである」ということと、「好きになったグループに残り時間があった」ことは全然違う。しかも残り時間が少ない。そんなことってあるか。
2年半の活動は長いと言ったけど、終わりが見えたら見えたで、何が期間限定だ、覆れそんなの!と思ってしまう。Wanna Oneの活動期間はなぜ1年半しかないんだ。いっそ、Wanna Oneももう解散していてくれていたら、こんなにやるせない気持ちになることもなかっただろう。
2年半は長くて、1年半は短い。いや、きっとWanna Oneが始動するときから観ていたら、想像すらできない1年半後は、遠く長く感じていただろう。始まるときは長さを感じて、過ぎてしまうと短さを感じるなんて時間ってやつは本当に憎い。
残念ながら、PRODUCE出身のアイドルグループのその後に関して前例がI.O.Iしかないため、Wanna One解散後のメンバーの活動もどうなるのか全く見当もつかない。I.O.Iのように解散後もメンバーそれぞれ活動の場があれば、そんなに嬉しいことはないけれど、Wanna Oneというグループがこんなに良いと思う今は、Wanna Oneという形が最善で最高としか思えない。解散するなんて考えたくない。
48グループの活動を休止してIZ*ONEとして活動するのは果たして最善なのかとか言いつつ、こんなことを言うなんて都合がよすぎる。
時間は憎いし、私は本当に都合がいい。


Wanna Oneをもう少し早く知れてたら、とも思うけれど、「PRODUCE48」がなければ、「PRODUCE48」を観なければ、彼らには興味なんて持たなかっただろうし、そもそもSEVENTEENを好きになっていなかったら韓国のアイドルに興味を持つことすらなかっただろう。どう考えても時系列を組み替えて彼らに出会うことはできなかったのだ。
それはそれで受け入れるしかない。

ただ、そもそもなぜ活動期間なんてあるんだ、と考え始めてしまうとやりきれない。
活動期間が決められていることで既にデビューを果たしているもなかなかに伸び悩んでしまっているアイドルが自グループを一旦離れて「PRODUCE101(48)」に参加することができて、練習生に知名度という不公平な要素が出来てしまう。でも番組としては、無名の練習生だけの番組にするよりは、知名度があるデビュー済みのアイドルも参加してくれたほうが視聴率とかデビュー後の諸々で都合がいいのだろうと思う。視聴者にとっても少しくらい知っている人が分かりやすいし投票しやすいだろうとも思う。
でも、I.O.Iがたまたま全員個々に活動できているのであって、この番組でデビューしたからといって解散後まで約束されているわけではない。事務所によっては用が済んだと干されるかもしれないし、Wanna Oneとしての活動で得たファンがそのまま解散後も着いて来てくれるとは限らない。
ただでさえアイドルは3年持てば良いなんて言うK-POP界で、デビュー7年を越せない国民的グループも多いことから「7年目の呪い」なんて言葉も飛び交う世界で、I.O.Iの半年、Wanna Oneの1年半、IZ*ONEの2年半はそれぞれ長い時間だけれど、人間は80年生きる時代だ。日本はもちろん、韓国も平均寿命は80歳を超えている。長い人生から考えたらほんの数年だ。アイドルも人間である以上、死ぬまで人生は続いていく。そのうちのたった数年のために、この企画の参加者は必死になって夢を見て追いかけている。夢を掴んでも、その夢には期限がある。それがそもそも残酷すぎる。言っても仕方のないことなのだけど。
掴んだ夢に期限があると分かっているのに、それでも掴みたいと思う。夢の途中でも、夢の期限が切れたあとの夢を見ながら夢を生きて行く。
私は、アイドルが笑えて幸せで楽しく活動できれば、それ以上のことは望まないのになあ。それすら難しい時代なんだよな。生き残るために、1日でも長くアイドルでいるために、たとえ期限があろうとも全てをかけて挑戦する人がいるんだ。


私はWanna Oneというグループを好きになった。でもWanna Oneには活動期限があった。一緒に年は越せない。I.O.Iのラストコンサートの映像を観た。みんな泣いていた。惜しんでいた。きっとWanna Oneも最後の日、全員悲しむだろう。惜しむだろう。そんなこと、期間限定と知った時から分かっていたはずなんだ。彼らのことを知れば知るほど、最後の日が近づいていく。分かっていても、好きだと思ったきっかけが、要素が残り続ける限り、手を伸ばしてしまう。
いつか幸せを手放さなければいけないと思うと、悲しみは計り知れないけれど、きっとそんな日が訪れることになってもそれ以上にその幸せを手にしていることを幸せだと思うから、こうして限りのある夢に手を伸ばすのだろう。終わりに近づいてしまうとしても足を止めないんだろう。まさに生きるってことじゃないか。Wanna Oneを知らないまま過ぎてしまわなくてよかった。Wanna Oneはなくなってしまっても、Wanna Oneという素敵なグループがあったということは消えないし、きっと忘れない。
今さらWanna Oneを好きになったけど、残り時間が少ないけれど、このままWanna Oneを見続けてみたいと思う。

好きになったグループには残り時間があった。
引き返すなら今のうち、とも思ったけれど、好きになってしまったら、知ってしまったら、もう引き返せない。それに、後出しするけれど、限りあるからこそ輝いて魅力的に見えるというのも確実に言えると思う。
もうすぐ「PRODUCE101 Season2」の再放送が始まる。彼らがWanna Oneになる前の、モンスターグループになる前の、姿をしっかり目に焼き付けたいと思う。(まさに「僕の心の中に保存♡」*1

 

 

 

 

 

 

Wanna Oneの活動期限延長を求める声も上がっているらしい。事務所の契約やスケジュールの関係で、延長出来ても1ヶ月だそうだが、1日でも長くWanna Oneが続くことを望む人がいるなら、それはそれで喜ばしいことだと思う。けれど、私は1ヶ月くらいなら延長しなくてもいいのではと思う気持ちもある。
なぜなら、私のWanna Oneでの推しには、戻る場所があるからだ。
「PRODUCE101」の期間限定活動のシステムのおかげで、既にデビューを経験したアイドルもPRODUCEの門を叩いている。「PRODUCE48」だとAfter Schoolとしてデビュー経験のあるイ・カウンちゃんや、fromis_9として現役で活動していたチャン・ギュリちゃんなどがその例だ。カウンちゃんは、After Schoolが事実上活動休止状態にあるため、再びステージに立つ機会を求めPRODUCE48に挑戦した。ギュリちゃんは、練習生期間なくデビューしたため実力が足りないと感じ、一から勉強したいとの理由で、一時練習生に戻って参加を決めたという。
Wanna Oneにおける私の推しファン・ミニョンさんも、2012年にNU'ESTという5人グループでデビューをしており、グループとしても活動していた。しかし、グループの人気がなかなか振るわず、再起を狙ってグループ5人のうち4人でPRODUCE101に参加したそうだ。PRODUCE101 でデビューし、期間限定グループで活動すれば、自分の所属グループの知名度向上に繋がる、と信じての参加。Season2は未視聴なので、多くは分からないが、ミニョンさん自身は、恐らく他のメンバーとも一緒にデビューしたかったのではないかと思う。
残念ながら、結果としては、NU'ESTからデビューメンバーに選ばれたのはミニョンさんのみで、ミニョンさんは、Wanna Oneとしての活動期間中、NU'ESTとしての活動を停止している状態だ。Wanna Oneは先述のとおりの人気だ。
デビューの叶わなかった3人はというと、グループに戻り、現在ミニョンさん以外の4人でNU'EST Wとして活動している。PRODUCE効果で、NU'ESTはデビュー6年目にして初の1位を獲得したとか、売り上げが350倍増えたとか、正真正銘の再起に成功。
ここで、私は思ってしまった。「ミニョンさん、早く戻りたくならないのかな」と。もともと、グループ再起のために参加したPRODUCE、グループが再起したので、あとはミニョンさんがWanna Oneの活動を無事に終えるだけという不思議な状態になってしまっているのがすごくむず痒いのだ。
「PRODUCE48」に参加したふたりは残念ながら、IZ*ONEとしてデビューすることは出来なかったが、ミニョンさんは、デビュー出来てしまった。Wanna Oneにミニョンさんがいなければ、私の中でNU'ESTは、SEVENTEENの事務所の先輩という情報のみで終了していただろうから、ミニョンさんは、十分NU'ESTの入口になれているとは思うのだが、早くNU'ESTに戻ったミニョンさんを見たい、5人揃ったNU'ESTを見たいという気持ちも大きくなってきた。だから、むやみに延長されてWanna Oneから離れられなくなってしまって戻りにくくなってしまうのは避けたいとか思ってしまう。
でも、Wanna Oneのミニョンさんもとってもとっても素敵なんだよな〜。NU'ESTのメンバーよりかなり年の差のあるWanna Oneメンバーとの絡みも見ていたいし、という気持ちもある。Wanna OneWanna Oneで、とてもいいから。でもNU'ESTのミニョンさんも見てみないとなあ。ミニョンさんが必要とされるアイドルすぎて誇らしいな。
あれ、ただの推し自慢になってる笑
一番は、NU'ESTとSEVENTEENが同じ事務所なので、そこが積極的に絡むところが見たい。もっというとNU'ESTの推しミニョンさんと、SEVENTEENの推しジョシュアの絡みとかとても見たい。(そこかよ)
Wanna Oneは他の事務所と契約しているので、今ミニョンさんはPREDISの人じゃないんだよねたぶん。早くPREDISの人に戻ってほしい。
PREDISという事務所は、本当に、男女共に、ビジュアルがよく、歌もダンスもうまくスタイルもよく、人柄もいいという人材が揃っているし、代表のハン・ソンス氏は、「PRODUCE48」でメインプロデューサーとして秋元康と名前を並べて、IZ*ONEのデビューアルバムにも携わるほど猛威を奮っているし、SEVENTEENはあの人気っぷりだし、ここ10年くらいでとても勢いをつけている事務所なのだが、NU'EST、After Schoolと、とにかく素晴らしいグループと人材をとにかく干す運営力のなさには問題がありそうなので、これからの動向で真価が問われそうではあるが、韓国三大事務所の背中ひっ捕まえるぞ!って勢いはある事務所だと思うので、っていうか、たぶんそれもこれもNU'ESTとSEVENTEENにかかっていて、それが楽しみなので、何卒よろしくお願いします!
でもでもでも、Wanna OneがなくなるのはもったないないからWanna One全員兼任すればいいのに!たまにWanna Oneやってくれたらいいのに!ドリームモーニング娘。的な感じで。という超個人的希望。(長々書いて結局こんな締めかよ)

*1:Wanna Oneパク・ジフンくんの生み出した流行語?

SEVENTEENのコンサートに行ってよかった

この幸せな思い出ひとつあれば、軽く100年は幸せに生きていけそう。そう思える出来事だった。

カラオケで何を入れたらいいかわからないなと思ったとき、いつも入れてしまう曲が、プリンセスプリンセスの「Diamonds」だ。その曲の「プレゼントの山 埋もれもがいても まだ死ぬわけにいかない」という歌詞がとても好きだ。
「死ぬわけにはいかない」という言葉に「生きる」という言葉を超える生命力を感じる。
同じ理由で、AKB48の「ハイテンション」という曲の「ミサイルが飛んで 世界が終わっても 最後の一瞬もハッピーエンド」という歌詞も大好きだ。「死ぬ」とか「世界が終わる」という言葉自体は、積極的に使うのが躊躇われる言葉だが、使い方によってこんなにも力強く前向きなイメージに聞こえるから不思議だ。


私生活で、昨年度末あたりから死にたいと思う瞬間が増えた。今思えば、当時なにがそんなに辛かったのか、嫌だったのか、悩みの種があまりに小さ過ぎて恥ずかしいくらいなのだが、その時はとにかく憂鬱な今日から逃れたい一心で、今日会社に行かなくて済む方法はないか毎朝毎朝考えていたら、「家の階段から落ちて骨折したら…」「この(交通量のあまり多くない)道で赤信号を無視してみれば…」「駅のホームから飛び込んでみれば…」と、どんどんエスカレートしてしまった。
それまで、自殺のニュースを見るたびに、「なにも死ななくてもいいじゃん!」と思っていたが、死という道を選んでしまう人の気持ちがすごくよくわかった。怪我や病気程度じゃ治ったらまた会社に行かなきゃいけない。しかも、迷惑かけてすみませんでしたと謝って、休んでた分取り返すように働かなきゃいけない、働けなくてもそう思っている気持ちだけは見せなければいけない。なら、死んだ方がマシかも、死んだ方が楽かも、って。そうしたら、あ、それいいな!名案だな!死のう死のう!今辛いこととか悩んでいることから全部解放されるとか最高じゃん!って、本気で同調するんですよ自分の頭が。そういう時ばかり、考えてる通りに身体が動こうとするみたいで、本当に線路の淵に一歩近づいてこのまま踏み出すのが怖くもなんともないと思えたのだ。

何が言いたいかと言うと、死というのは、いい意味でも悪い意味でも物凄いエネルギーを持っているということだ。自分が心から死にたいと思って、死に最接近したとき、物凄い力で吸い込まれそうになるのだ。駅のホームから電車に飛び込もうかなと思った時も、すごく前向きな気持ちが勝って、恐怖心が全くなかった。
しかし、なぜ私が電車に飛び込まずに生きているかというと、せっかく命を犠牲にして死ぬのなら、惜しい人材をなくした、仕事が回らないと、会社の人たちに思いっきり迷惑をかけまくるくらい仕事ができるようになってからじゃないとな、と思ったのと(一体なんの恨みが笑)、死に最接近して、一番に思い浮かんだのが嫌で嫌で仕方ないはずの会社の人たちの顔だったのがすごく悔しかったからだ。
死ぬときは、大好きな人たちや愛しい人たちの顔を思い出しながら、最高に楽しかったと思いながら死にたいじゃんか。嫌なところから逃げられる代わりに大好きな人たちのことを思うことができなくなるのは悲しい。
生きていれば、この先幸せに思えることが起こるかもしれない可能性を、死ぬことで捨てるのなら、これまで生きてきた人生くらいは、自分で全肯定したい、幸せだったと思えるものにしたい。そういう気持ちになった。
埋もれもがいていたのはプレゼントの山じゃないけれど、プレゼントの山じゃないからこそ、私はまだ死ぬわけにはいかない。そう思った。


埋もれもがいてもまだ死ねないと思う「プレゼントの山」は、よっぽど魅力的なもの、もっと欲しいもののメタファーだと思う。私にとっては、そのひとつがアイドルだと思う。
コンサートは何度行ってもまた行きたくなるし、テレビや雑誌で笑顔が見れれば、ドラマや映画や舞台で活躍していれば、とにかく元気がもらえるし、うん、元気になれる。そして楽しい。毎日頑張っている分、壁にぶつかるし嫌なことだってあるけれど、そんなものを簡単に吹き飛ばしてくれる。だから頑張れるし、だからもっともっとと欲しくなる。

年が明けてから、私はSEVENTEENという韓国のアイドルグループに大ハマりしたのだが、実際に、深刻な死にたい期に、毎朝、「目を開けて起きたら会社に行かなければいけない」と布団と中で葛藤していたのに、いつのまにか、「でも通勤時間にSEVENTEENの曲を聴ける」と思えて、そう思ったら、とりあえず、身仕度をして家を出ることができた。そうして駅に着く頃には飛び込みたいな☆と思うのだが、好きなグループの曲を聴く、そんな簡単なことが私の生きる目的になっていたし、彼らの曲や存在のお陰で、どれだけ救われたか分からない。
現実逃避かもしれないけれど、アイドルを摂取することが私が私を死に近づけない唯一の方法だった。まさにプレゼントをたくさん欲しがる子どものように、YouTubeの動画を漁り切ったらAbema TV、無料動画を観切ったら、DVD、CD、WOWOW、スカパーと有料コンテンツにも手を出して、そうしていくうちに「いつかSEVENTEENのコンサートに行ってみたいな」とか「彼らのホームである韓国に一度行ってみたいな」なんていう小さな夢ができ、それを叶えたいからまだ死ぬわけにはいかないと、死なない理由みたいなものができた。

そして、念願のSEVENTEENのコンサートに行った。
SEVENTEENのコンサートは、過去のコンサートすべて映像で観たけれど、どうしてもカメラに収められた部分しか観ることができない。SEVENTEENはHey!Say!JUMPよりもさらに大所帯なので、カメラに収まらない魅力がきっといっぱいあるはずだと、行く前から楽しみだった。実際に行ってみたら、本当に楽しくて幸せな気持ちになれた。帰り道、この幸せな思い出があれば、この先幸せだと思えることがひとつもなくたって、この思い出を思い出せば、死ぬまで幸せに生きられそうだと思った。
今ここで死んでしまったとしても、幸せな人生だったと、人生に何の悔いも残さず死ねる、そう思えるくらい幸せだった。

今ここで死ねると思えるくらい幸せなことは、また明日から頑張れるという気持ちを超越した生命力だと思う。今ここで死ねたら本望だと心から思えるということの幸福度。あれだけ憂鬱だった日曜日夕方に心に重いものがひとつもないということ。少し前の私と今の私、死にたいという言葉を真逆の意味で使っている。とにかく私はまだ死にたくないし、でも今死んでもいいと思えるくらい幸せであることは間違いない。それがどれだけ恵まれていることか、凄いことなのか、私は思い知った。


人生は意味において不可解だとしても
味わいにおいては泣きたくなるような美味しさ
                                  畑にて/谷川俊太郎


ダイヤモンドほど価値のある人生なんかじゃない。騙し騙しでおんなじようなことを何度も何度も繰り返すかもしれない。でも、泣きたくなるくらい胸がいっぱいになったり、出会えてよかったとか生きててよかったなんて、人生でそう簡単に口にしないような感情にさせてくれるからアイドルはすごい。
SEVENTEENのコンサートに行ってよかった、SEVENTEENに出会えてよかった!


詳しいコンサートはまた!
そしてこれからJUMPコンじゃああああああ!!!!