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門限の9時

だんだん未来広がってく

映画「グラスホッパー」 感想

映画「グラスホッパー」を観に行ってきました。

私が原作読んでから観に行ったのが悪いと思うんだけど、つまんなかった☆彡(笑)
「巻き込まれ型エンタテイメント」っていう文句がついてた時点で、「なにその全く面白そうに思えないキャッチコピー」って感じはしてたけど、本当に本当に巻き込まれただけだった。蝉と鯨の巻き込まれ方は本当にひどかった。蝉と鯨が死んだ意味。


私は、人を殺すことを仕事にしている人たちが出て来る原作を読んで、不思議と温かさを覚えた。いろいろあったけど、読み終えたときに、今まで味わったことのない温かさを感じたのがとても印象的だったのだ。

その温かさはなんだったんだろうと考えると、一つが槿さん宅での微笑ましいやり取り、もう一つが蝉のかわいらしさだったように思う。

鈴木は「押し屋を追い、居場所を突き止める」という命令で、槿さんを追ったが、彼に嫁子供がいることがわかり、鈴木はフロイラインに押し屋の居場所を教えないでいた。彼が本当に押し屋なのか確かめようと家庭教師を名乗り、槿一家に近づき、その家族と関わっていったわけだが、原作では、その家族とのやり取りがまあ温かく描かれている。
映画でも、そのシーンはあったが、映画では、早々に槿が鈴木の目的に気づいた上で、鈴木と接触するという構造だったので、「この家族は、一家の大黒柱が押し屋という殺し屋だということを知っているのかどうなのか」、はたまた「槿は、鈴木の正体にもう気づいているのではないか」という緊張感を一切持つことなく、話が進んでいた。原作に比べ物足りなさを感じたが、原作を読んで感じた温かさはこういった緊張感とのギャップだったということに気づかされた。
そんな一家とのシーンが短かった分、映画における温かいシーンは、鈴木と百合子のシーンになっていたように思う。
私的には、映画での二人のシーンは、甘すぎたように感じてしまったが、その甘さで、鈴木の抱く復讐心の大きさを印象づけ、観ている人に寺原会長が、息子を殺したのは鈴木だと思わせる要因だと強く思わせ、「巻き込まれ感」を演出したんだなと思った。
原作を読みながら、映画では、予告動画とかにちらっと映るあのかぼちゃの男の子が槿さん家の子供ってオチなんだろうなって思ったら本当にそうだった。原作でも弟くん大活躍だし、あんな幼くしてどうしてあんな任務をちゃんとできるのか、あれ、あの子は助けてもらったって話で良いんだっけ。原作と映画がごちゃまぜになる(笑)そういえば、原作に出て来たのはスクランブル交差点だけで、渋谷指定ではなかったような。
巻き込まれている・・・・・!!!



そして、もう一つの温かさを感じた蝉。
原作の蝉は、なんとなくすごく大人ぶってて一人前ぶってて、でも岩西がいるから仕事が出来ているっていうところとか、そこに対する葛藤とか、人の生死について考えたり、岩西っていう密に関われる人間がいたりとか、物語に出て来る人物の中で、一番人間らしいなと思って、愛おしいキャラクターっていう印象だった。その愛おしさが温かくて、岩西が死んだ時、この子は次の雇い主を探して、ずっとこうやって生き続けるんだろうか、この国のどこかで生きているんだろうか・・・・っていろんなことを考えたけど、そんな必要をかき消すように原作では死んでしまって。うーん、蝉が幸せになるにはきっとこれしかなかったんだなって思ったりしたくらい、山田くんが演じるからっていうのを抜きにしても愛おしいキャラクターだなって思っていて。この役を山田くんが演じるのはすごく楽しみだった。


私はこれまで、俳優山田涼介には期待しないとか、推せないとか、散々いろんなことを言ってきたが、今回山田くんのお芝居を見て、「この人本当にすごい!!」と素直に驚いた。もしかしたら、私が山田担ではなくなった分、良い感じに力を抜いて俳優山田涼介を受け取れるようになったというのも少しは関係しているのかもしれないが、私が原作で好きになった蝉が映画の中でもきちんと存在していて、それはそれは愛おしく感じた。
個人的には、なぜか蝉が一番感情移入しやすくて、蝉の岩西への接し方を見ていると、映画では原作以上に、殺し屋としての蝉っていうのは、岩西ありきで成り立っているんだなっていうのをすごく感じた。原作では、人を殺すときの気持ちを、色が変わる信号に突っ込んだ時の申し訳なさに例えているけど、映画では、もっと人を殺すことに対する葛藤みたいなものを抱えているように感じた。山田くん自身が割と悲しさを持っているタイプだからかな。私がそう見てしまうだけかな。岩西が別の殺し屋を雇って蝉を開放してたら、たぶん彼は人殺しなんてしない気がするように、岩西からの信頼を保つことで自分の存在意義みたいなものを見出しているのかなって。

山田くんが演じたおかげで、私は蝉がより好きになったと思うし、きっと山田くんが演じたことで蝉の魅力がより伝わったんじゃないかなと思う。
耳鳴りを止めるために、ただ一心不乱に人を殺していくあの目とか、集中力とか、全身で返り血を浴びて、手で拭う仕草とかから、むしろ今を生きている感じがして、本で文字を追っているだけじゃ想像できなかった蝉が見れた。


しかし、蝉がすごく美味しすぎて、こりゃ主演食ってしまったなとスクリーンを見ながら思ったが、鈴木と少しも交わることなく物語が進んでいくことで、より鯨とのシーンの迫力が際立っていた気がする。アクションシーンについては、多くのインタビューで山田くん自身も語っていた部分ではあったが、あの目が鯨だけを見ていて、他のものが少しも目に映っていないように感じて、この人の集中力は本当にどうなっているんだと思った。
私は、原作の蝉の死に方が好きだったので、映画の「岩西の敵討ちのために鯨を殺す」という心意気なら、勝ってほしかった。あんなふうに二人で同時に一緒に死んでいくって呆気ない。でも、そのあと、鯨と新しい関係が築けて良いなと思った。

それにしても、初映画で浅野忠信さんや村上淳さんと対等に芝居し合って、しかも引けをとることなく、存在感抜群で、すごく誇らしく思った。
これまで、Hey!Say!JUMPの、ジャニーズの山田涼介っていうのを背負って俳優仕事もしていた山田くんだけど、この作品で、この役で、その壁を破るのはすごくかっこいいと思ったし、お芝居が好きなんだなっていうのが伝わってきて、次に彼に来るお芝居の仕事はどんなものがくるんだろう、下手な作品にはもう出れないんじゃないかと思うくらい、俳優山田涼介に期待が高まる好演だったように思う。


それでも私はやっぱり、アイドルの山田涼介が好きで、踊っている山田くんが好きだから、俳優山田涼介として観たいなと思うものはもうない。とにかく探偵役を抜け出させてあげたい、ただそれだけだったし、探偵役じゃない山田くんもすごいんだなってわかったから、もうこれ以上望むものはない。でも、本人がとにかく恋愛モノをやりたがっているから、近いうちにそういう作品に呼ばれる俳優になってくれたらいいのかなって。
どういうふうにしたら、恋愛モノの作品のお仕事が来るのか分からないけど、山田涼介の恋愛モノに需要がなければ、それは一生実現しないわけで、たぶんきっとGOサインが出にくい状況であることは間違いないと思う。でも、少なくとも私は恋愛モノに挑戦する山田くんを観たいなと思っているよ。



つまらなかったとか言っておきながら、ずいぶんと書き連ねてしまったが、最後にやっぱり、三人と槿を交わらせなったのはどうなのよと思う。
トノサマバッタは密集して成長すると、群集相という変種になって凶暴化する」っていうのを、実に気持ち悪いバッタの映像と共にぶっこんできたにも関わらず、彼らを接触させないし、鈴木に至っては凶暴化せず頼りないまま終わってしまって、何が言いたかったの?って感じは否めなかった。
原作が本当に面白かった分、悔しい感じになってしまったのは残念だった。まあ、あれを2時間にまとめる方が難しいと思うんだけど、「トノサマバッタが凶暴化するのは少ない餌を取り合うため」だとすると、この人たちはなんのために人を殺していたのかということになってきやしないのかという疑問。
原作は、蝉も鯨も最終的に押し屋に方向が向いていたし、そこに向かって三人が絡まって殺し合ってっていう感じたっだきがするけれど・・・まあ、いいか。


来年の3月にも主演映画が控えている山田くん。これも、私が山田担じゃなくなったからだと思うけど、今回の映画の撮影が、『暗殺教室』より前だったってことを考えると、山田くん、いつのまにこんなに強くなったのって驚いた。
山田くんが強くなったんじゃなくて、グループ全体が勢いづいて、肩の荷が下りたのかもしれないけど、今の山田くんは不安要素が少しもなくて、いろんなことが安定してきて良い感じだなと思います。
今までは、山田くんが「エース」「センター」と言われることに、私はすごく抵抗があった。山田くんがそう見られることを望んでいないように見えていたから。でも、今の山田くんはメンバーやファンから「絶対エース」と言われることをしっかり受け止められるようになって、少しでも前に進もうと思っているように思う。
山田担ではなくなってから、私も山田くんを気兼ねなく「エース」と言えるようになった。歌もダンスもバラエティもお芝居も、なにひとつ文句ない、こんなに誇り高きエースは他にいない。山田くんって本当に本当にすごい人なんだ。しかも、「山田涼介まだまだこんなもんじゃない」と次の山田涼介をたくさん見せてくれそうな気もしている。これからの山田くんの活躍が楽しみになったし、山田くんの俳優人生に大きな影響を与えた作品になったと思う。


原作読まずに観ていたら、楽しめたのかもしれないとも思うが、多分原作読んでいなかったら登場人物の多さにさじを投げていたようにも思う。どっちが楽しめたのか分からないが、山田担じゃないからやり直したいとは思わないのが少しさみしい(笑)
光くんがもし何か原作のある作品で映画に出演するとしたら、原作を読まずに観に行こうと思う。でも、光くんが「原作を大事にして演じた」みたいなことを言おうものなら10回くらい読み込んで行くような気がする(笑)。そういうもんでしょう。