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門限の9時

だんだん未来広がってく

「今」の気持ちを詩っぽく書いてみた

箱庭の中から見ていた外の世界は、それはそれはキラキラと輝いて見えて、「あの場所にいつか」と思っていた。

でも、「いつか」のあとに続く言葉を考えたことなどなかった。
「あの場所にいつか」・・・「辿り着く」「立つ」「連れて行く」「連れて行って」
どの言葉を想定していたのかわからない。


あの頃、「閉じ込められている」のはなんだか否定的なニュアンスがあった。

飛び出したら広い世界が広がっている、そしてそれは素晴らしい。
先を行く誰かを見た誰かがそう言っていたから、きっとそれは素晴らしいに違いない。それが正解なのだ。箱庭の中はかわいそうなんだとそう思っていた。


箱庭の中で、守りたいものが出来た。同時に、壊したくないものや失いたくないものもあった。
外の世界を知らない彼らは、壊したら、失ったら、何も残らないと思っていたのかもしれない。

何も壊さず、何も失わないことを選んできた。
それは、誰かの挫折や犠牲だったりした。目の前の笑顔だったりした。




今、あの時憧れたキラキラとした、ただ果ての無い世界にいるのかもしれない。
でも、外の世界は広すぎて、とある一点を見つめることしかできずにいる。
それが本当に、あの頃「いつか」と思いを馳せていた場所だったのか、私は全然わからなくなった。

光りが当たれば当たるほど、影がより濃く浮き出る。
光の当たらない場所に目を向けることにきっと意味などないし、歓迎されないことだというのも分かっている。
「未来」のための「今」を歩き続けてきた日々に「過去」ほど不確かなものはないのかもしれない。


「過去」と「今」と「未来」は、同一直線上にあるのだろうか。同一直線上にあると考える必要があるだろうか。
同一直線上にあるということは「過去」より「今」の方がずっと「未来」に近いということ。

でも、誰しも、真っ直ぐ歩くとは限らなくて、一人きりで歩いているわけではなくて、点と点で結べるほど単純なものでもないと思う。


だからなんだと言われればそれまでだが、なんだか私だけ箱庭に置いてけぼりになっているような気持ちが続いているのだ。
箱庭に閉じ込められている彼らのために、箱庭に飛び込んだ人々が箱庭から出られないままいるような気がするのだ。
一緒に出してほしかったと、どこかで思っているのだ。


でも、箱庭こそ、誰かが作り上げた幻想なのだということも分かっているのだ。


結局、何が言いたいかと言うと、彼らを思うと様々な言葉が浮かんでくるということだ。
それが前向きなものばかりではなく、いつだって理由とか、真意とか、本音とかないのだ。


「いつか」とは、時に「未来」を表すし、時に「過去」を表す。
「いつか」が「今」になることはなくていい








【後記】(先の文章が不快だった方は読まない方が身の為かと)


最近、ここに書きたいことが書けなくなりました。
いや、比較的周囲の論調を察することなく、好き勝手なことを書いてきた方だと思いますが、どうしても文章を読んでくださっている人の事を気にしてしまいます。


昔話をして、「今」を否定しているみたいに捉えられそうなのが怖いのです。おばさん扱いされるのが嫌みたいな(笑)
ストリーテラーってウザいと思われるだろうし、上手く行っている「今」があるということは、過去は大体苦労話になってしまうし

「過去」とは違う「今」から離れてしまう人もいます。疑問を抱く人もいます。「今」がすんなり受け入れられない人もいます。
それって間違っているのでしょうか。許されない気持ちなのでしょうか。離れれば良いって話なんでしょうか。それでも離れられない人だっていると思うんです。

私も昔、自分が知らない昔のことを話す人がいるとなんとも言えない気持ちになりました。
でも、置いて行かれているような気がしてもどかしいと思ってしまうのは、きっと「今」に着いて行きたいのに着いて行けない人たちなんだろうと今は思うのです。


日経エンタテイメント』の座談会で、有岡くんが「10周年を迎えるときに『ありがとうございます』と言える人をどんどん増やしていきたいですね。この2年で。」と言っていて、勝手に切ない気持ちになりました。

そうだよなって。今まで出会った人たちよりも、これから出会う人たちの力の方が大きく働くもんなって。
この8年間でJUMPに見せてあげられなかった景色を、ここからの2年間で出会う人たちの力があれば見せてあげられるんだもんなって。
無力感しか感じないのです。これまでが無駄だったとは言いませんが、何の歩みにも、何の力にもならなかったのかなって。ここからの2年だけあれば十分なんだなって。
これから先の2年間は、きっとこれまで夢に見ていたようなキラキラした日々が待っているのに、これまでの8年間より多くの人に見てもらえるんだなって思うと、どうも切なくて切なくて。それで、過去を語れば嫌な顔されたりするのかなって思うと悲しいなって。

嵐の10周年を端から見て、そうなってしまうのは仕方のないことだというのは分かっていました。だから、私はずっと「10周年」「節目」って言葉をあえて使って来たし、JUMP担を辞める時が来るだろうということも考えていました。
だからこそ、「過去」と「今」が「未来」に繋がっていると思える何かが欲しいと思っているんですきっと。だから昔の話をするんです。多分。
でも、最終的には、JUMPが笑っていればそれでいいし、JUMPが望んだことならそれでいいし、JUMPが好きと思える自分がいるならそれでいいんです、きっと。
感謝とか見返りなんて、少なくともファンは誰も求めてないだろうから、「未来」のためにこれが必要でこれは不必要だなんて「今」から選別するなんて悲しいことしないで。遠回りでも良いじゃないですか。

「無駄なことも一緒にしようよ」
「あの頃の僕らを思い出せ出せ 勿体ぶんな」
と、先輩が歌ったのは50枚目のシングルの時なんだよなーって考えると
生き急ぎすぎているような気もしてしまいます。


久しぶりにHey!Say!JUMPに対する気持ちを文章にしました。
最近、こういう気持ちしか抱けてない気がして、申し訳ないなと思っていたんですが、ずっと好きで読ませて頂いていたとあるブロガーさんの久々の更新に感化されました。
もともとは気持ちを書くための場所だったし、読む人の捉え方気にしてたら何も書けないし、仕事じゃないし、気にせず書きたいなって思います。


昔から、詩が好きなんですけど、こないだの『情熱大陸』で谷川俊太郎さんが書き下ろした「日本と私」っていう詩がとても心に染みました。
JUMPと自分に置き換えたりしてみました(苦笑)
大切なのは変えたいという思いなんじゃなくて、好きという思いなんだろうなって思います。

お目汚し失礼致しました。